7月下旬の暑い夜の一時に
2012年7月27日
八年前の五台山から景色
懐かしい思い出として頭に出てくることは無いだろうと、そう思っていたのですけれども、写真というのは恐ろしいもので、撮っていた時の周りの記憶が呼び起こされると、なんとも言えなかった複雑な当時を、浄化しながら頭に美しいものとして映し出してくれます。休日に一人で部屋に居るのが嫌でたまらなくて、自転車で走って登ったのがここだったかな。
さて、今大好物の三島由紀夫について文学の内容以外から、本を読んでみたのですが、世間一般に言われているような人間像とは大分離れてきて、おもしろかったです。東文彦という人物との関わりが、彼の生涯に大きく影響しているようで、それに関しての著述が、特に晩年のものから、なるほどと感じるところがありました。「ヒロイズム」について、彼自身が「華々しい戦場での死」という言葉をどこかの映像で発していたと記憶しているのですけれども、作品最後の一文「この庭には何もない。記憶もなければ何もないところへ、自分は来てしまった…」とあって、ここに東文彦に向かって言ったとも捉えられるもう一つの「もつと静かな、もつと苦痛に充ちた、もつと目立たないヒロイズム」に通じるものを感じずにはいられません。大切な友人であった東文彦は戦中に、徳川義恭は戦後に、そして最愛の妹平岡美津子を終戦の年に失っています。取り残された感はあったと思いますし、彼が東との文通で言っていた理想の時代風景から戦後復興する現代日本はかけ離れたものであったのではと思います。 理想の日本をなどと言うよりも、自分にとって苦しいと感じる世界に対しての一つの決着のつけ方として、あの作品の締めのタイミングで、あの死があったのは、至極自然であるように感じてしまいました。
ピアノは運指なしの楽譜から、安川加壽子氏の数字たっぷりの楽譜に変えたら、弾きやすさが断然アップしました。小さい頃はなんでこんな弾きづらい指の運びをしなければならないんだろうと、ピアノの先生に教えられるがままに習っていましたけれども、最近になって安川加壽子の運指が自分の指によく合ってきて、大人向きなのかしらと思ってしまいました。今まで動かしたことのない運びなんかもあって、楽譜見ながら久々に感動しました。これをこうするだけでこんなにキレイに音が出せるようになるんだと、、もう生誕90年没後16年にもなりますけれども、私の中で輝いている人の一人です。
暑い日が続いてます。冷房は好きではないのですが、熱帯夜に付けないで寝ると、もう寝不足で仕事に支障ができるので、渋々。天然のクーラーの中で寝たいです。