6月下旬、愛媛松山への初めての旅
2017年7月17日
忽那諸島へ一人旅。
今やLCCを利用すると夜行バスよりも安く往復できるので、大変便利な時代になったものです。
中島と睦月島と津和地島の3島に今回は行きました。
初めての愛媛松山でもあったので、道後温泉に寄ってから行こうと計画していたのですが、LCCが機材調整で1時間遅れて、船の時間に間に合わなったため、松山城だけ歩いて見て、高浜港へ。
最初に中島へ着いたら行ってみたかった忽那島八幡宮へ。
鬱蒼とした樹木が拝殿の上だけ晴れている感じでいい雰囲気。
中島で一泊してから翌日に睦月島へ移動。
旅館は宿泊客私一人で申し訳ない感じに泊まりましたが、一泊二食付き+お風呂で8000円は助かります。
睦月島には猫がいっぱい。
お腹空いているのか、結構本気で指を噛んできましたけど、かわいいものです。
ここは島を一周歩きましたが、自転車を借りたほうが良いかもしれない距離でした。
ゆっくり歩いて5時間弱。
とても良い雰囲気の道なのですが、季節によってはスズメバチがけっこういると思うので気をつけたほうが良いと思います。私のように苦手な方は羽音に怯えることになると。
一旦、中島に戻ったら神浦港まで海を見ながら徒歩で1時間程度。
そこから高速船で津和地島まで向かいます。
津和地島は半農半漁の典型みたいな島。
旅館の食事では、海のものも畑のものもそこでとれたものを味わえます。
鯛めし、鯛そうめん、見慣れない海藻と魚の天ぷら、どれも美味でした。
前泊の旅館と比べるとこちらの方が、料理の質は高かったです。
あいにくの梅雨時期のために瀬戸内海の島々を見渡すという感じではなかったのですが、いい空気の中を歩いたり走ったりできて良かったです。
東京にいると神社やお寺に直接なにか目的を持って行くことはないので、曖昧だったのですが、この島々では、神社は豊作豊漁や健康安全を願う場所、お寺は祖先とつながる場所、そんな空気が色濃く残っていて、どちらも暮らす人々にとって意味のある大切な場所のように感じました。
私なんかは、神社やお寺を考えると、それと関わりのある宗教が前面に出てきてしまうのですが、そうでなく、ごく自然な願いや祈りや繋がりの意識の場としてそれがそこにあるだけ、という基本的なところに気付かされます。
自然崇拝や祖霊崇拝はもともと特定の宗教によるものではないですしね。そういう点で、この土地の人々は本来もっている何か基本的な感覚にあらがっていない錯覚さえあります。
島唯一の小学校からは今年最後の生徒が卒業して休校になってしまったとか、お祭りはだんじりを曳く人も高齢化して中止になるとか、資源枯渇で海産物の水揚げは昔に比べて激減しているだとか、島の方に聴く話は寂しいものばかりでした。
活性化という表現が合っているようには思わないのですが、息の詰まる都会で1分を常に意識しながら生活しているような人々が大勢いる中で、こういう対極的な場所というのは、自分に静かに向かうための場所として訪れる価値があるし、そう望んでいる人も多くいると思うので、何かこの島々にそういう場所としての良い賑やかさが出てくることを願いたいものです。
何もないこんな場所にわざわざ…、というのを謙虚な島の人の口から聴きますが、むしろ観光のために何かある場所よりも、そうでない場所のほうが、一日の長い時間をゆったり、目に見えるもの見えないものに向き合って、または忘れて過ごせるのではと思います。