5月下旬 大きな緑の木の下で
2014年5月25日
国立科学博物館附属自然教育園にて(canon 6D 50mm f1.8II)
1ヶ月半経ったという感覚が全くない間です。
土日も暇無く遊んでいるか掃除しているかでした。
新しい言語習得、日々勉強、研究職じゃないですけれども、こうやって机に向かって技術を身につけながら過ごすのは以前から想像していた将来の形の一つなので進めていければとは思います。
以前からの顎関節症がSOYJOY食ったら酷くなって歯医者へ。
「うまく付き合っていく症状ですので・・・」と言われて思いました。
”治す”または”直す”ができて当たり前の中に生きていて、壊れたら直せば(治せば)いい、使えなくなったら捨てればいい、の世界。
壊さないように大切に使うということ、自分の体であれ、自分の使う物であれ、それって薄れてきているなーと思います。
大切にするということはその価値があるもの、なれば自分自身やその周りにあるものの価値がだいぶ下がった時代に生きているのでしょう。
大切にすることを良い悪いで考えるのではなく、自身やその周りに価値を見いだせているかどうかをどう捉え考えるか。
この量産の時代に売られているものでそういうものって無いのではと思ったら、家の台所に有りました。陶磁器。同じものでもサイズも描き方も微妙に異なるこれらの手作り品は、壊したら交換部品で直せるわけでもなければ、同じものを購入できるわけでもない、貴重なものです。毎日ごはん作るのが楽しいのって、こういう器を使っているからというのもあるのかなと思います。
自身や人に対してそれを考えるのは難しく、それこそ人生の最後でどうにでも捉えられてしまうかもしれませんが、今の自身を好きにさせてくれた周りの人達の大切さは大きく感じます。付き合いに対しての価値というよりも、その人達が人を幸福にする力をもっているというその人達自身の価値に。
また面倒もので、自身を大切だと思う心が過ぎて、傲慢さがにじみ出ていることも多々ある今、それこそ今の国の意識にも反映されている気がしないでもないです。
見出した価値の欠片を懐に入れて静やかにあれればいいです。
先々週くらい、久々に房総の山中に入ってきました。
今回は走ったり歩いたりを繰り返す運動を試しに、林道を23km行くコースを設定。
登りなんてほとんど歩いてましたが、下り坂はおもいきり駆けられ、その繰り返しを自由きままにできるのが特徴の運動ですので楽しかったです。
しかしまあ普段走らないせいか、結局最後にバス停に着く頃には足ガクガクでした。