9月下旬の夢見る日に。
2013年9月26日
8月末以降、久しく更新していなかったです。
空を飛べるような気持ち良さが出てこなくて、一番いい季節に山にも行かず。
実生活における”我慢”は自分が納得できるように最大限の努力した結果で至らない部分において最小限のものとして出てくると思っているので、そこに他人の諦め半分の我慢が混じると不本意でたまらなくなります。
一人で生活している限りは、他人の関わりが少ないのでほとんど気にならないし、相方と二人でいる場合は一緒に努力すること、最大交点で妥協することができるので何とかなるのですが、他人となるとそうはいかず、ストレスとして積み上がっていきます。
そもそも家での生活の中で常に他人が居るということ自体あまり無いことですけれども、一緒に努力することが出来ない人間、意思疎通の出来ない人間が家族内にいても同様です。
「もう自分は残り少ない、ダメな、頭の悪い」そう割り切っている人と一緒にいると良いことなんて無いです。一時的にそう思うことは生きている中で多々有りますけれども、もう常にそう思って人生諦めているような人との一緒は正直キツイです。
どう生きれるか、30前になって再考中。
仕事だけならまだしも、生活自体が軋み始めていてやや難局。
88歳のアラウが亡くなる数ヶ月前のベルガマスク組曲
最期にここまで尽きることができる一生であればと夢見てしまいます。