6月上旬、合間のつらさに。
2012年6月8日
5月までずっとがんばりましたが、社長残して全員解雇という形で決着しました。
2008年から4年と3ヶ月、WEBを作り運用するという仕事、いまやどこにでもある仕事ではありますが、短い人生の中の大切な4年に対する満足や後悔は多くあります。
早々に次の仕事を紹介され、6月はじめから気持ちを切り替える間もなく働き始めて、ふと、我に返った瞬間、その今、胸が苦しく、とてもつらいです。
私の人生はこの先どう向かっていくのだろう・・・進むだけの時の流れに対する恐怖。
数日前から読んでいたゴールデン・デイズという漫画と重ねて、吉田秀和や過去に亡くなった多くの愛しいピアニスト、そして三島由紀夫。時代に流された人、拒んだ人、ついて行けなかった人、それぞれが明治・大正という、今とは全く異質な時代からの生涯の変化をどう感じていたんだろうと。
そして震災や世界大戦に巻き込まれ、それが終わった時の心はどんなだっただろうと。
おそらく電気やガス、電話、車も普及していない時代。そこから100年でそれらが無いと生きていけない時代になって、一見して便利で楽に生きられる"良い時代"に私は生まれたようですが、それが必ずしも心に平穏をもたらすものではないと強く感じています。
心安らかにいられるのは、変わらない大切な人や大切な風景がそばにあるから。
もし電気が無く、電話が無くても、そばにいて感じられるそれらがあるならば人はとても幸せに感じることができるでしょう。
目まぐるしく変化する今、それらが失われ、それを感じる余裕すら自ら消して過ごす日々が続き、ようやくそんな日々が終わった今。
ふと、言い様のない悲しさや寂しさにおそわれています。
取り戻せない日々、後悔、私の生まれなかった時代への郷愁、過ぎていく時間への恐怖、 人生への切迫感、死ぬことの孤独に対する恐怖、一気に押し寄せて、頭の中が掻き乱されています。
傍からは「鬱」という一言で片付けてしまえるのかもしれないですが、
片付けている人自身が、また私のように日々の忙しさにそういう気持ちを殺して生きているのでしょうから、心の苦しい時代だなと思ってしまいます。
車も高速道路も、高層マンションも原発も要らない、自分の足で歩いて、自分の目で広い空を見わたせて、自分の耳で汚れていない音を聞けて、自然の明るさやリズムの中で心ゆるやかに過ごせる、そういう時代に大切な人と生きてみたかったです。
急激な変化の中で、取り戻せないものを多く感じて、涙が止まりません。