10月連休の一日に

リスボンの猫 最近よく感じるのだけれども、 日本人なんだからこの国を愛するのは当然だ、 生んでくれた育ててくれたのだから親を愛するのは当然だ、 男なんだから女を愛するのは当然だ、 こういう何々を愛すべきだ、みたいな考えを直接的にも間接的にも発信する人が多くて 少々うんざりします。 対象の何を好きになり嫌いになるか、何に感謝するかしないか、 何を大切にしようと思うか、ほかの何を優先とするか 人それぞれ異なることなのに、どうしてそれを言えるのか。 本心から愛してますと言えないような対象はいざという時に容易く離れる。 あなたが愛することは自然だし、私が愛さないことも自然だ。 それは誰かの言う当然ではない。 しかも、そういうことを発信する人たちは、 結論としてそれらを0か1の答えで求めたがるのでたちが悪い。 「私は彼のここを愛しているし、ここは愛していない」 ある程度生きていれば、人が愛する対象全てにおいて、 誰でもこういう部分が存在していることくらい わかっているはずなのに。 世界がデジタルに大きく変わって、 それに携わる社会にあって、 自身0か1の世界に陥らないよう自戒も込めて。